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【無料動画】全国高等学校サッカー選手権大会の見逃し配信と無料視聴方法!

【無料動画】全国高等学校サッカー選手権大会の見逃し配信と無料視聴方法!

日本テレビで放送されているスポーツ番組「第100回全国高等学校サッカー選手権大会」2022の見逃し配信、無料フル動画を無料視聴する情報や過去放送回のことなどについてなどを紹介したいと思います!

ハムレット
この「全国高等学校サッカー選手権大会」は、高校男子サッカー部の頂点を決めるサッカーの大会とあって、大変注目度が高いです!

だからこそ、「全国高等学校サッカー選手権大会」を楽しむための方法をご紹介したいのですが、「全国高等学校サッカー選手権大会」は現在動画配信されておりません。

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「第100回全国高等学校サッカー選手権大会」準決勝出場辞退について

第100回全国高等学校サッカー選手権大会の準決勝を前に、進出した4チームを対象に大会前に定められた検査を行った結果、関東第一高校の選手2名から新型コロナウイルスの陽性反応が認められました。現時点において、スタッフも含めて当該者以外からの体調不良の報告はありません。

これにより、大会感染対策ガイドラインの内規に則り、正規登録チーム(選手30名及びチーム役員)に代わり予備登録チーム(選手14名及び正規登録チーム以外のチーム役員)での出場について、関東第一高校およびサッカー部の関係者で検討した結果、関東第一高校は準決勝の出場を辞退することになりました。これにより、準決勝で関東第一高校と対戦する予定だった大津高校が決勝に進出することとなりました。

その他の3チームは全員の陰性が確認されており、引き続き、健康観察を継続しつつ、検査体制の強化および感染防止対策の徹底により、以下の通り準決勝・決勝を開催致します。

今後も感染拡大防止と安全確保を最優先に、さらなる注意喚起や健康状態の確認に引き続き細やかに取り組むとともに、自治体や保健所、関係当局の方針や行動計画に基づいて迅速に対応してまいります。

尚、チケットの払い戻し等につきましては、以下の通りとなりますので、チケットの半券はお捨てにならないようお願いいたします。

関東第一高校 小野監督コメント
「今大会だけでなく、この2年間できる限りの対策を講じてきました。それでも陽性者が出てしまった以上、大会・相手校に迷惑はかけられないと判断しました。チームは動揺が隠せない状況ですので、個別の取材はご遠慮頂けますと幸いです。」

大会実行委員長 全国高体連サッカー専門部 玉生部長コメント
「100回大会でこのようなことになったのは大変無念です。関東第一高校はこれ以上ない感染対策をしてきたと聞いています。それでもこのような事態になり関東第一高校の関係者の方々のことを思うと胸が痛みます。残りの2試合に関しましては、より一層の感染対策を講じ選手、関係者の安心・安全を確保して実施をしてまいります。関東第一高校の関係者、選手に対する取材はご遠慮いただきますようお願いいたします。」

令和3年度 第100回全国高等学校サッカー選手権大会 準決勝
 期日  : 2022年1月8日(土)
 会場  : 国立競技場
 変更前 : 10:00開場(予定)
      第1試合 12:05キックオフ 【45】 大津高校 VS 関東第一
      第2試合 14:20キックオフ 【46】 高川学園 VS 青森山田
               ↓
 変更後 : 11:00開場(予定)
          14:20 キックオフ 【46】 高川学園 VS 青森山田

※【45】大津高校 VS 関東第一は中止となります
※予定されていた第1試合の時間は繰り上げず、第2試合は予定通りの時刻にキックオフします。

※感染対策ガイドラインの内規 「第100回全国高校サッカー選手権大会 感染症対策事項」
●大会期間中にチームの中から新型コロナウイルスの陽性者が出た場合の判断
 大会中に陽性者が出た場合には、そのチームは辞退または予備登録選手がいる場合には、代替出場へ移行することを原則とする。

チケットの払い戻し等について

□払い戻しの対象となる方
 チケットJFA・チケットぴあにてチケットをご購入され、払い戻しを希望かつ未入場の方
 ※招待券、応援団チケットは対象となりません。

□払い戻し方法 ※期間を過ぎた場合、払い戻しに応じかねますのでご注意ください。

<紙チケットにてご購入の方>
受付期間: 1月12日(水)10:00~1月19日(水)23:59
払戻方法に関して、チケットJFA にてご購入された方は、https://ticket.jfa.jp/guide/refund をご確認ください。
チケットぴあにてご購入された方は、https://t.pia.jp/guide/refund.jsp をご確認ください。

<QR チケット・リセールにてご購入の方>
受付期間: 1月12日(水)10:00~1月19日(水)23:59
以下の申請手順にて手続きをお願いいたします。

STEP①
フォームより申請ください。(受付期間:1月12日(水)10:00~1月19日(水)23:59)
受付フォームのURL は、後日JFA.jp にてご案内いたします。
※ 払い戻し希望のチケットについて席種、ブロック、列、席番、識別番号(チケット一覧の席番下に記載の数字16桁)、フォーム入力に不備があった際の連絡先(氏名、メールアドレス、電話番号)を入力してください。
※ ご購入いただいたチケット枚数の一部のみの払い戻しは不可となります。
STEP②
払い戻し希望者へ2月中旬頃を目途に、購入時にご登録いただいたメールアドレス宛に返金手続きについてメールで一斉にご案内します(STEP①で申請を行っていただいた方のみが対象)。
STEP③
返金口座登録用のURL を個別にメールでご案内します。

□払い戻しに関するお問合せ
チケットJFA  ticket.jfa.jp/
チケットぴあ  0570-02-9111(10:00~18:00)

大会に関するお問い合わせ:
高校サッカーインフォメーションセンター
電話:03-6257-1061(10:00-18:00)/FAX:03-6257-1973

※学校およびチーム関係者へのご取材はご遠慮くださいますようお願い申し上げます。

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「第100回全国高等学校サッカー選手権大会」青森山田の“3冠”達成か大津の初優勝か

プレミアリーグ勢同士の決勝は3年ぶり2度目となる。夏の王者・青森山田か。それとも西の横綱・大津か。1月10日、100回目の節目を迎える高校サッカー選手権の決勝が行われる。

準々決勝から準決勝までの間には様々なことがあった。1月7日の早朝。長きに渡って高校サッカー界を牽引し、国見で6度の選手権制覇を果たしている小嶺忠敏先生(長崎総合科学大附監督)が逝去された。50年以上子供たちのために情熱を燃やしてきた名伯楽の訃報。サッカー界は悲しみに包まれ、各所から惜しむ声が届いた。しかし、この日はさらなる出来事が起こる。同日の夜にベスト4に進出していた関東一が選手2名の新型コロナウイルス陽性反応を受けて出場を辞退したのだ。これにより準決勝の第1試合は中止となり、大津の決勝進出が決まった。想定外の事態で初のファイナル行きを手にしたが、大津の選手たちにも動揺が隠せない。8日の決勝前にオンライン取材に応じた山城朋大監督はこう話す。

「出場辞退のリリースが出たタイミングで、平岡和徳総監督がミーティングを行いました。関東一さんの辞退とこれからやるべきことについてお話しされたのですが、今日の朝の状況を見て、(練習前に)もう1回声かけをしてくれました」。
 
異例の状況に落ち着かなかったのは大津だけではない。高川学園を下して決勝進出を決めた青森山田にもいつもとは違う雰囲気が少なからずあったという。

「指導者や関係者も含めて、大会のあり方、準決勝をどう戦うか。メンタルと思考面で難しい部分があった」(黒田監督)。

そうした状況下を経て行われる今大会のファイナル。決勝に相応しい優勝候補同士の対戦となるが、両者のスタイルは近い。どちらもセットプレーに強みがあり、状況に応じて様々なスタイルで戦うことができるからだ。

青森山田はここまで4試合を戦って17得点を奪い、失点は僅かに2つ。チームの核になっているのは松木玖生(3年、FC東京入団内定)と宇野禅斗(3年、町田入団内定)のダブルボランチだが、彼らの周りを固める選手たちも戦術理解度が高く、状況に応じて様々なプレーができる。相手が前からプレスを掛けてくれば、じっくりボールを繋ぎながらコンビネーションでバイタルエリアをこじ開ける。逆に相手が守りを固めてくれば、ロングボールやサイド攻撃で局面を打開。セットプレーなどからも確実にゴールを重ね、相手を圧倒する。実際に準決勝では高川学園が守備重視の5バックを敷いてきたが、開始早々にFKから先行し、前半の中盤にもCKから加点。相手が反撃に出た後半に4点を奪って勝利を手にした。「なんでもできるのが自分たちのサッカー」と黒田剛監督が胸を張った通り、青森山田はフィジカルの強さやインテンシティーの高いプレーでこじ開けるだけではない。何か封じられても、別の手を持って攻略できる。変幻自在の戦いぶりが最大の武器だと言えるだろう。

一方の大津も同様だ。最終ラインから丁寧に繋ぎながら、コンビネーションや個の力を持って局面を打開する。それでも難しければ、最前線に構える191cmの大型FW小林俊瑛(2年)の高さを生かしたロングボール攻勢を展開。今までの大津であれば、決定力不足に泣くこともあったが、今年はそうした弱みが一切ない。セットプレーにも磨きを掛けており、CKやFKはもちろん、ロングスローという飛び道具もある。今大会も4試合で12得点を奪っており、攻撃の破壊力は今大会屈指だろう。また、攻撃的に振る舞うだけではなく、守備的な戦いもできるのも今年の武器。準々決勝の前橋育英戦では1-0で勝利したが、後半途中から5バックにシフト。勝負に拘って守備重視の戦いに切り替え、U-18日本代表候補のGK佐藤瑠星(3年)を中心に最後まで相手に得点を許さなかった。そうした割り切った戦いができる点も含め、大津もまた変幻自在に戦えるチームだ。

同じようなスタイルのチーム同士がぶつかる決勝。果たしてどちらに勝利の女神は微笑むのか。青森山田が勝てば3年ぶり3度目、大津に軍配が上がれば初優勝となる。今年度の高校No1を決める戦いから目が離せない。

国見以来の4大会連続決勝進出の青森山田、黒田剛監督は急逝した小嶺忠敏氏への想い

青森山田高校の黒田剛監督が、偉大なる先人への想いを語った。

8日、第100回全国高校サッカー選手権大会の準決勝が行われ、高川学園(山口県)vs青森山田(青森県)の試合は0-6で青森山田が勝利した。

ここまでの3試合はらしさをあまり発揮できていなかった青森山田。黒田監督は「相手をリスペクトすることももちろんですが、あまりにも研究したものが頭に入りすぎて、自分たちのサッカーを見失っていた」と振り返り、「3試合の中でも大きな反省点でもあった」としていた。

この試合では立ち上がりからアグレッシブにプレーすると、3分にFKから先制。前半のうちにCKからも得点を奪いリードを2点とすると、後半もアグレッシブなプレーが続き、キャプテンのMF松木玖生などがゴールを重ねて圧勝した。

これで4大会連続での決勝。昨年は準優勝に終わっているだけに、なんとしても優勝、そして3冠達成といきたいところだ。

しかし、試合前日の7日に島原商業高校、国見高校、そして長崎創価大学附属高校を率い、高校サッカーを牽引し続けてきた小嶺忠敏監督が急逝。この試合前には黙祷が捧げられていた。

黒田監督は常々、小嶺監督の背中を追うとしてきた中、その小嶺監督が率いた国見高校以来(2000~2003)の4大会連続の決勝進出を果たすことになった。

黒田監督は「自分的にはまだまだ小嶺先生と肩を並べたなんていうのは、到底思ってもいませんが、教育者として、サッカーの指導者としてブレることなく、約50年ですか。素晴らしい我々の師匠、見本となる方でした」と小嶺監督への想いを語った。

また自身の指導者としてのキャリアにも影響があったと語り「それを見習って、指導者になったのは小嶺先生のような指導者になりたいというのがスタートでした」と、憧れの存在であることも口にした。

選手たちが入れ替わっていく中で、黄金期を作ることは非常に難しいなか、同じ4大会連続決勝進出を果たした青森山田。黒田監督は、小嶺監督の想いを背負い、時代を築きたいと語った。

「凄く残念な部分と、小嶺先生の分まで、国見の全盛期の時代を、また青森山田がその時代を担うというぐらいの責任を持って、今後の101回大会以降も続けていきたいと思います」

「それが小嶺先生への感謝になると思いますし、それを示していければと思います」

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「全国高等学校サッカー選手権大会」について

「全国高等学校サッカー選手権大会」は、高校男子サッカー部の頂点を決めるサッカーの大会。各都道府県代表48校(東京都は2校)による、トーナメント戦で行われる。通称「選手権」「冬の国立」「冬の高校サッカー」。

全国高等学校体育連盟の区分では、全国高等学校選抜大会に含まれている。全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会、高円宮杯 JFA U-18サッカーリーグ(かつては、国民体育大会サッカー競技だった)と並ぶ高校サッカー3大全国大会のひとつ。

本大会の前身である日本フットボール優勝大会の第1回大会は大阪毎日新聞社の主催により、1918年1月(1917年度)に、大阪府豊能郡豊中村(現・豊中市)の豊中グラウンドを会場として開催された。

関東や関西、広島など日本の各地で1910年代初頭から個別に小規模の学生サッカーの試合が行われていた。そうしたなか1917年5月に東京で開催された第3回極東選手権競技大会(極東選手権競技大会サッカー競技)は、国内の各サッカーチームにとって大きな刺激となり、各地でサッカー大会が開かれるようになっていた。

また、1910年代から1920年代にかけて関西地方では、朝日新聞大阪本社と大阪毎日新聞社(現:毎日新聞社)を中心に主新聞拡販を目的とした多くのスポーツイベントを開催されており、本大会もそのひとつであった。

「全国高等学校サッカー選手権大会」創設の経緯

この大会は、もともとラグビーの関係者が大阪毎日新聞社に、ラグビー競技の大会として持ち込んだ企画で、関東の私学を関西に招いて試合をしたいという狙いがあって大会名に「日本」という名を冠した。しかしラグビーは、関西には当時3チームしかなく、ラグビー単独では大会が成立しなかった。サッカーの場合は、関西には当時10以上のチームが存在したことから、サッカー(当時はアソシエーションフットボールと呼ばれていた。通称ア式)とラグビーとの共同開催として「日本フートボール優勝大會」が行われた。が「日本フートボール優勝大會」という名前を付けていたことが、後に一本化する際に優位に働いたとされる。

つまりサッカーはラグビーの付属大会として始まり、ラグビー部門が前述の理由で付けた「日本フートボール優勝大會」という大袈裟な名前のおかげで生き残ったということになる。なお、サッカー部門と同時に始まったラグビー部門の方も全国高校ラグビー大会の前身となっている。この他、「日本フートボール優勝大會」と銘打っているように当初は「中等学校蹴球大会」という計画ではなかったため旧制中学校とは年長となる関西学院高等部が第1回から第6回大会まで、神戸高商が第3回大会に出場した。

当時の関西にこれら旧制高等学校、旧制専門学校以上のカテゴリーの蹴球部がなかったから問題がなかったものと思われ『関西サッカーのあゆみ』30、31頁には「日本フートボール大會ですから。なんでも来いや」と記述されている。しかし実際は何でも参加させた訳ではなく、第1回から第8回大会までは関西以外からのチームの参加はなく、またラグビー部門のように(例えば関東から東京蹴球団や東京高等師範などを参加させたということもない。こうした他地域からの参入があれば、試合結果が変わるのは勿論、「高校サッカー選手権」の前身である「中学校蹴球大会」とは認められなかったかも知れない。同時期に各地で「全国中等学校蹴球大会」と名乗る大会が数多く開催されたが、どれも参加は師範学校と旧制中学校のみで、これ以上のカテゴリーのチームの参加はなく、またこれらの大会には他地域からの参加があった。大会は大阪朝日新聞社主催の全国中等学校優勝野球大会に対抗するべく、ラグビー競技の大会をメインとして始めたため、サッカー関係者には相談がなかった。『日本サッカーのあゆみ』には「蹴球関係者側の意見を尊重してもらう余地もなく、新聞社の方が先に立った」と書かれている。この毎日新聞が主催して大阪で始まった大会を現在の高校選手権の前身としている。

毎日新聞主催(第1回 - 第8回大会)
毎日新聞主催の「日本フートボール優勝大會」の第1回大会から第8回大会までは、関西の学校のみ参加の大会であった。当時は関西でもサッカーをやっている学校は多くはなかったから、初回は予選をする程のこともなく主催者側の推薦で出場チームを決めた。第8回大会では、出場の申し込みをした全チームが出場していることから、第1回〜第8回大会の間は、主催者側から推薦されれば、あるいは学校側から申し込めば、予選なしで全てのチームが参加できたとみられる。

予選制となったのは参加チームを全国に拡大させた1926年の第9回全国中等学校蹴球選手権大会第9回大会からである。このため第1回大会から、大阪や兵庫からは複数の学校が参加し、第8回大会では、和歌山、奈良、滋賀、京都からは、各1チームに対して、大阪からは11チーム、兵庫からは7チームが参加した。当時は兵庫勢の力が抜けていたから、第1回〜第8回大会までの決勝のカードは、兵庫×大阪、兵庫×京都か、兵庫同士のいずれかになる。関西地区以外の参加に関しては『神戸一中サッカー部史』 や、『広島一中国泰寺高百年史』等に、広島一中は、毎日新聞の大会は出場できず、神戸高商主催(朝日新聞後援)の「全国中等学校蹴球大会」に出場し、毎日新聞の大会を連覇中だった御影師範を二年連続で破って優勝した、と記述されていることから第1回大会から第8回大会までは、関西地区以外の学校は参加させない、実質的に関西ローカルの大会であった。

これは参加チームを見ても分かるし、多くの文献に記述されている。第1回から第7回まで御影師範が連続優勝したとされるが、これは正確には日本一とはいえない。また当時の交通事情は非常に悪く、賀川浩は「当時の遠征試合はハンディキャップが物凄く大きいため、地元の大会で御影師範や神戸一中が勝ってもあまり威張れない」などと述べている。1921年に名古屋蹴球団主催、新愛知新聞社(現:中日新聞社)後援による「全国中等学校蹴球大会」が、東京府青山師範学校、豊島師範、明倫中学、愛知一師、御影師範、姫路師範など、関東、東海、関西地区から10チームが参加して名古屋で行われたが、ここでも御影師範は関東の東京府青山師範学校に敗れている。

この大会の決勝戦は東京府青山師範学校×明倫中学である。御影師範は毎日新聞主催の第1回大会から第7回大会までを七連覇するが、他の大会に出場すると負けることがあったことから、この毎日新聞の大会は、他の多くの大会と同程度のレベルであったと考えられる。大会の権威に関していえば、『高校サッカー60年史』の32頁に「東京ではそうでもなかったらしいが、大阪では大新聞の主催でないと大会に権威がなかった」、38頁に「私達御影師範では毎日新聞の大会を最高峰としていて、他の蹴球大会は前哨戦、準備大会位に考えていた」という記述や、『兵庫サッカーの歩み-兵庫県サッカー協会70年史』107頁に「大日本蹴球協会が設立される(1921年)まで、最も権威のあるフットボール大会は大毎の主催する全国蹴球大会で、その後も関西では蹴球大会の最高峰の一つであった」という記述が見られるから、関西の他の大会よりは権威があったのかも知れない。

しかし、神戸一中の選手たちは「近畿のチームだけの毎日新聞の大会より、広島一中や広島高師附属中学の広島勢が来る神戸高商主催の大会で勝つ方が値打ちがある」と言っていたという賀川浩の証言もある。静岡県立藤枝東高校のサッカー部60年史には、「われわれ志太中学(藤枝東高校)の全国大会の初優勝は、1931年の東京高等師範学校主催の「全国中等学校蹴球大会」で、此処に全国津々浦々に志太中サッカーの名声を響かせた」と書かれている。

この東京高等師範学校主催の「全国中等学校蹴球大会」というのも、1924年から1932年に9回開催された全国規模の中等学校サッカー大会で、東日本の学校がほとんどだが、近畿や東海地区の学校も参加した大きな大会であった。志太中学は毎日新聞主催の大会が全国大会になっても、戦前には毎日新聞主催の大会の予選には出場していないようで、つまり学校によっては、特に関西以外の学校にとっては、毎日新聞主催の大会を唯一の全国大会とは捉えておらず、乱立していた他の全国大会等を選んで出場していたものと見られる。

毎日新聞社主催の大会が1925年度の第9回大会から全国大会となり"名実とともに全国大会として発展した"と書かれた文献もあるが、すぐに唯一の全国大会と認知された訳ではなく、徐々に認知されていって、"名実とともに全国大会""唯一の全国大会"として完全に認知されたのは、1934年に毎日新聞社主催の大会に一本化され、他の全ての大会が終了した第16回大会に以降の話と考えられる。

これらの事情を考えれば「全国高等学校サッカー選手権」が"真の全国大会"と文句なくいえるのは、1934年の第16回大会からでないかと思われる。『高校サッカー40年史、60年史』の「全国高等学校サッカー選手権大会」の記述は、関西の関係者の証言がほとんどで、他の地域の大会はほとんど触れられていない。『高校サッカー60年史』32頁に「毎日新聞主催の大会は準備委員会がともかく強力で、大日本蹴球協会ができてからも、協会はタッチできなかった」、また「關東蹴球大會」を主催した東京蹴球団の団史には「東京ではサッカーの関係者が主体で、朝日新聞の方が善意の後援をしてくれたのだが、他の二つは新聞社の方が強力に推進された。

これはこれらの地域のサッカー関係者が、まだ微力だったといった方がよいのかも知れない」と書かれており、サッカー関係者としては、この毎日新聞主催の大会は、当初は大阪の新聞社が勝手にやっているという考えであったのかも知れない。やはりこの毎日新聞の大会が後に高校選手権の前身ということになったから重みを増したことは間違いがない。前身ということにならなかったら、他の多くの大会と同様の位置づけであったと考えられる。

第8回大会は、旧制専門学校と中学の部を分けて実施した。専門学校の部の出場チームは早稲田高等学院、官立神戸高商、松山高等学校、関西大学、関西学院の5校で、決勝は早高2-1関学。何故分けて実施したのかは『高校サッカー60年史』にも記述がないが、翌年の「全国中等学校蹴球選手権大会」移行に伴い、カテゴリーが明らかに中学より上のチームを切り離すということかも知れない。各試合の結果他、詳細が『高校サッカー60年史』に書かれておらず、翌年の第9回大会以降の大会に旧制専門学校の部の結果は記載がない。『輝く埼玉サッカー75年の歩み』1082頁には「第8回大会"から"高専の部と中等学校の部に分け、会場も甲子園球場に移って開かれたのである」と書かれているため、その後も継続されたと見られるが詳細は不明。

全国大会へ(第9回〜)
1925年度の第9回大会から、全国をいくつかのブロックに分け、その予選優勝校で"本当の全国大会"に飛躍させようとの気運が高まり、全国での地区予選制となって、名称も「全國中等學校蹴球選手權大會」と改められ、ラグビー大会と分割、関西の学校以外の学校も参加する全国規模の大会に成長することになった。前述のように第8回大会までは大日本蹴球協会は運営にタッチできなかったようであるが、この第9回大会からの全国大会移行にあたっては、毎日新聞からの要請で田辺五兵衛や野津謙、鈴木重義ら、大日本蹴球協会の関係者が運営に関与した。

ここで年齢制限の問題が出て、それまで年齢では2歳上となる師範学校が中学校と同じ大会で争っているという問題点について、別々に分けるという案も出されたが、この第9回大会から参加を予定していた朝鮮地区の選手が、戸籍を持たず、年齢確認が困難ということが分かったこともあり、引き続き一緒にやることになった。この後、1929年(第11回大会)、1935年(第17回大会)の二度に渡り、年齢制限が加えられたため、師範学校チームは弱体化したという。なお、毎日新聞が中等野球の全国大会を持とうと考えたのは、このサッカー大会がマイナーなまま、朝日新聞主催の夏の全国中等野球大会に対抗できなかったからという見方がある。

大会の一本化
1925年度の第9回大会から、毎日新聞社主催の大会は全国大会になったが、全国各地にあった大会も、これ以降も続けられていた。毎日新聞社主催の大会が形を整えてゆくにつれ、これらの地方大会をどうするかという問題が起ってきた。「全国大会」と銘打ったものも他にたくさんあったが、毎日新聞社主催の全国大会が規模内容が最も大きくなり、1934年に毎日新聞社主催の大会に一本化され、他の全ての大会は終了した。

これらを指示したのは大日本蹴球協会で、この1934年から大日本蹴球協会が主催に加わった。一本化にあたっては、他の地域からは大きな抵抗があり、中でもやはり「關東蹴球大會」が最後まで問題となったが、サッカーの将来を考え終了を受け入れたという。毎日新聞社主催の大会に一本化されたのは、ラグビーの大会をするために付けた「日本」を大会名に付けていたこと、「關東蹴球大會」は朝日新聞の後援で主催でなかったことが、有利に働いたともいわれる。

当時、大日本蹴球協会の大学OBが主導権を握るため、師範系OBを排除しようとしていたというから、野津謙ら大学OBが大日本蹴球協会内で力を増すに連れ、野津らが関与した「毎日新聞社主催大会」が支持を増やし、師範系OBが大きく関わっていた「關東蹴球大會」は、支持が減っていったのかも知れない。この他、一新聞社に遍することのないよう、また全国の中学校へサッカーを普及振興させようと文部省に主催を移すという案も検討されたことがあった。

以降、太平洋戦争による中止を挟み、戦後の学制改革で現在の名称となっても西宮球技場を主な会場にして関西での開催が続いた。1948年(昭和23年)4月新制高校が発足。同年6月に全国高等学校体育連盟(高体連)が創立され、本大会に主催団体として加わることになった。

高校総体の開始と毎日新聞社の主催終了
1965年に全国高等学校総合体育大会(高校総体、インターハイ)が夏の大会として整備され、翌1966年にはサッカー競技が全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会として加えられ、秋の国民体育大会サッカー競技高校の部(国体)を合わせると、高校サッカーの全国大会は3つとなった。当時の文部省は文部省の通達により、学校教育活動としての高校スポーツの全国大会は国体を除いて年一回しか認めていなかったため、日本蹴球協会と全国高等学校体育連盟(高体連)は冬の高校選手権を夏の高校総体に組み入れようとした。

この動きのなか、毎日新聞社は第1回大会から行っていた本大会の主催を終了し、結局は日本蹴球協会が単独で冬の高校選手権を開催することになった。1966年度大会は、毎日新聞社の主催終了による経済的な影響や文部次官通達との関係により、出場校が前年の32校から16校に変更され、夏の高校総体の上位2校と、秋の国体の上位4校、地域推薦の10校となった。各地域の予選も、文部次官通達との関連で公式には行わず、地域推薦とする建て前となった。16校での開催は、1970年度大会まで続いた。また、1966年度から大会の回数が大会名から外されるようになり、1980年度の第59回大会で復活した。

読売新聞社後援へ
1970年から国体が各都道府県選抜の参加となり、インターハイとは別に「選抜大会」として競技ごとに全国大会を開くことが認められた。これにより高体連としては選抜大会の扱いをするということで、第49回大会(1970年度)から主催に復帰した。

一方で当時読売新聞社を中心とした読売グループでは、将来的なプロ化も睨んだ本格的なサッカークラブである読売サッカークラブを1969年に発足させるなど、サッカーに対して力を入れつつあった。そうした動きの中で「クラブの長期的な存続には、将来的な選手の供給源の充実が不可欠である」として高校サッカーに対する支援を行うことになり、1970年8月には日本テレビの主催で全国の強豪校11チームを招待した「高校サッカー研修大会」を開催し、日本テレビと出場校の地元を中心とした系列局で裏送りを含めて放送した。

読売新聞社・日本テレビではこの研修大会を継続して開催する意向だったが、夏場はインターハイや国民体育大会の予選など試合数が多く、日本蹴球協会(現:日本サッカー協会、以下JFA)側では研修大会の継続は難しいと判断。そこで代替策として、JFAでは本大会の後援に読売新聞社が加わること、並びに日本テレビが大会の中継を行うことを提案。これを読売新聞社側が了承したことから、高体連の主催復帰と時を同じくして日本テレビが大会のテレビ中継を行うことになった。

しかし以前より決勝戦のテレビ中継を行っていたNHKが日本テレビへの中継の移行に難色を示したため、第49回大会(1970年度)は決勝戦のみNHKと日本テレビの2局同時中継という異例の形になった。第50回大会(1971年度)から日本テレビ系列の独占中継体制になったが、高体連はこれに反発し全国放送のNHKによる中継を廃するからには「最低でもNHKの8割のエリアをカバーできる放送体制を取る」よう要求した。

当時の日本テレビのネットワーク体制ではとても無理な注文だったが、ここで電通が仲介に入り当時のTBS系列のローカル局と折衝を行い、日本テレビをキー局としつつTBS系列局および一部のフジテレビ系列局・独立局を含めたローカル局による全国31局の中継体制を築くことに成功。これにより第50回大会より正式に中継が日本テレビに移行した。『関西サッカーのあゆみ』では「高校野球は朝日と毎日がやっているが、それにはどうしても入れない読売と日本テレビが、何が何でも高校サッカーを取りたいと電通を絡ませて関西から奪った」と書かれている。

全国テレビ中継とスポンサーを得た本大会の運営は強化される方向に向かい、特例としてインターハイとは別の選手権として高校サッカーの最高峰の大会と位置づけられるようになった。

1971年度の第50回大会は、長居競技場が主会場となり、1回戦と2回戦では西宮球技場と神戸中央球技場が併用された。翌年からの第51回大会、第52回大会、第53回大会、第54回大会では、長居競技場とうつぼ球技場が会場となった。

決勝大会の首都圏への移転
第55回大会(1976年度)からは、決勝大会の会場を首都圏(東京都・千葉県・神奈川県・埼玉県)に移すこととなった。元々日本テレビやJFA関係者の間では決勝大会を首都圏で開催したいという要望が強かったことに加え、当時日本テレビで本大会の中継スタッフだった坂田信久が「(日本テレビに中継が移って)最初の2年で関西ではスタンドを満員にするのは厳しいとわかった」と語っているように、大会の採算面からも関西開催では大会の発展が厳しいという認識が関係者の間で広まり、最終的に高体連の47都道府県の委員長会議で多数決により会場の移転が決まった。しかし現在もなお、関西のサッカー関係者にはこの決定に不満を唱えるものが多数存在するという。

さらに第62回大会(1983年度)からは、原則として1都道府県1代表制で実施されるようになり、現在に至っている。

開会式・準決勝・決勝(年度により準決勝は他のスポーツ大会の都合で別会場)は旧国立競技場で大々的に行われており、高校サッカー選手たちは「目指せ!国立」を一つの合言葉にしていたが、2014年5月に旧国立競技場が閉鎖→2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催に伴う全面改築工事に入ったため同年-2020年の年末年始にかけての大会以後は、暫定的に開会式・開幕戦を駒沢オリンピック公園陸上競技場、準決勝・決勝は埼玉スタジアム2002をメイン会場として行っている。

第100回記念大会(2021年度)から開会式・開幕戦・準決勝・決勝は国立競技場での開催となる予定。

現在
近年はクラブユース勢の台頭とそれに伴う人材のシフトにより、ユース年代のサッカー大会としてのプレステージが高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会、その後継大会である高円宮杯U-18サッカーリーグに移行し、当大会のレベル低下を指摘されているが、今なお多くの高校サッカー部の選手にとっては最も価値あるサッカートーナメントの位置を占めている大会であり、社会的にも最も大きな注目を集めるサッカー大会の一つである。また、クラブユースの台頭に伴って、かつて優勝を寡占した名門校の地位が下がり、また近年のサッカーの普及に伴って各地域の底上げがなされた。

この大会の優秀選手から選手を選抜し、1973年から毎年4-5月に行われるヨーロッパでのユーストーナメント大会(隔年で偶数年にスイス・ベッリンツォーナ。奇数年にドイツ・デュッセルドルフ)に日本高校選抜チームとして出場している。また、かつては「ニューイヤーユースサッカー」として、ヨーロッパのユース年代のチームを招待した交歓大会もあり、日本高校選抜もそれに出場した。第88回大会(2009年度)終了後は、海外遠征前に本大会協賛社の富士ゼロックス(現:富士フイルムビジネスイノベーション)が特別協賛している「FUJIFILM SUPER CUP(旧・FUJI XEROX SUPER CUP)」の前座試合として、U-18Jリーグ選抜(高校1,2年生)との親善試合が組まれる。

第91回大会(2013年)の決勝戦は当初1月14日に行われる予定だったが、降雪により中止。当初は、大学入試センター試験(当時、現:大学入学共通テスト)で3年生に影響が出る可能性があるために両校優勝の措置をとることも検討されていたが、決勝を戦う両チームの登録メンバーの中に、1月19日・20日実施のセンター試験受験申込者がいなかったため、試合を1月19日に順延することに決定した。悪天候による決勝戦の順延は史上初(中継は録画放送)。なお、1月14日に予定されていたテレビ中継についても、内容が大幅に変更された。

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